MASANOBU SATO
OoooO Editor
佐藤 匡将(さとう まさのぶ) 1987/08/17 Type O
参加型フリーマガジン[OoooO] 編集・発行人。

www.facebook.com/ooooo.zine
www.ooooo-camera.com

movieの最近のブログ記事

ぽつーんと黒い映像が映し出された画面を眺めている。
もう映画は始まってるのか?
暗闇からは確かに物音が聞こえる。

まだ黒い画面だぞ?と不安に思う頃、
映写機から漏れるカタカタカタ
という音がだんだんと大きくなって聞こえてくる。
すると1人の青年がパッと現れ
画面の外にいるわたし(たち)に向かって話しかける。


「なにしてんだよ。
映画館の暗闇のなかでそうやって腰掛けてたって何も始まんないよ。」


あれ?それってまさに、いまのわたし。
現行犯逮捕。
言い逃れはできない。

この映画のタイトルは『書を捨てよ、町に出よう』
寺山修司が1971年に製作した代表作だ。

家で DVDを借りて観ていても
なんとも思わないシーンに違いない。
テレビの前では他のことをやってしまうだろうし
ぽけーっと早送りをしてしまうかもしれない。
一方、館内では映画の冒頭に集中しているだろうし
黒い画面をずーっと観る他にやることはない。

いつだってわたしは待っていた。
この映画に限らず映画館のスクリーンの前で。
何かが始まるのを。

42年前のこの映画を
映画館で観ることなんて無理だと諦めていたが
来月、その夢が叶う。

6月1日〜7日の間、
名古屋シネマテークにて『寺山修司◎映像詩展』が行なわれる。
没後30年記念。
これを逃せばまた10年後。


 ◎映画『書を捨てよ、町へ出よう』冒頭


青年が立ち上がりゆらり画面に近づきながら
画面の外にいる私たちにたばこを突きつけながらいきりたつ。
冒頭で一番好きなシーンだ。


「まるで自分が2、3人切ったような顔をして
肩をいからせて映画館を出て行ったお前!
そうお前よ!
あんときお前に何が起こったんだ。
え"ぇ!なにが!!」


寺山修司は肩をいからせて映画館を出て行く理由をこう話す。

「俳優というのは代わりの人間としている。日常のイライラを自分の代わりに晴らしてくれる人間がいることによって、日常のイライラを爆発させるエネルギーを失ってしまう。日常の暴力をある意味で制御する装置として、社会から認可を得て成り立ってる。代わりの人間のドラマを見て楽しんでいるが、実際には自分のドラマを要求している。自分の人生のなかにもドラマチックな出来事、過激な出来事を期待しているけれど、実際の生活のなかでは何も起こらない。だから劇場に行って身代わりのドラマを求める。俳優がいる間は、自分自身のドラマを持たなくてもいい。俳優としてではなく、隣人として劇的シチュエーションをつくるのが大事だと思っている」

青年は4分間カットなしの長回しで話し続ける。
途中でかんでもおかまいなし。
その場で本当に人がしゃっべてるみたい。
映画の途中で映写室に向かって登場人物が「客電つけてください!」
というシーンがあって寺山修司の意図を理解している映画館では
本当に客電が点いたらしい。

映画のなかの出来事が現実と繋がっているように感じられる。
いくらDVDで観ても伝わらない。
体験したことのない映画体験が待っているはずだと
いまからワクワクしている。
ちょー楽しみ。


◎寺山修司:演劇&映画装置について

名古屋シネマテークで1月18日まで上映されている映画「ニュータウンの青春」の副題には『さよならだけが人生だ、いやマジで』と書いてある。

newtownnoseishun.jpeg
『さよならだけが人生だ』というのは、井伏鱒二(いぶせますじ)が「勧酒」という漢詩の最後の句を訳したもの。

勘酒    (酒を勧む)
勧君金屈巵 (君に勧む金屈巵<きんくつし>)
満酌不須辞 (満酌辞するを須<もち>いず)
花發多風雨 (花發<ひら>けば風雨多く)
人生足別離 (人生別離足る)

井伏鱒二は以下のように訳したのだ。

この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ

花に嵐のたとえっていうのは、やっと花が咲いたのに嵐で散ってしまうこともある、というような具合なので、ようやく腹を割って話せるほどに仲良くなりはじめたかと思えばもうお別れか、という感じだと思う。

この『さよならだけが人生だ』という言葉に『いやマジで』をつけた監督の感性に憧れた。私はビビビときて、ちょーかっこいいと思った。

死を忘れるな!     (メメントモリ)
今日を生きろ!     (カルペディエム)
この時を大いに楽しめ! (さよならだけが人生だ)

上のふたつはピンとこないから「そんなの知ってるし」ってかんじなのに「さよならだけが人生だ」ってのはなんだかしっくりときて受け入れられるなー、いいなー、好きだなーっと考えていたところに森岡龍の『いやマジで』がきた。

映画の素晴らしさは「ニュータウンの青春」公式ホームページに掲載されている鈴木沓子のレビューを読んでくださればおわかり頂けるだろう。

森岡龍監督!私の人生はこの映画を観たことでちょー豊かになりましたよ、いやマジで。ありがとう!



<追記1>
『さよならだけが人生だ』という言葉だけではそのまんまぱっくてるし、『さよならだけが人生だ』だけで使うのは恥ずかしかったからその恥ずかしさを和らげるために『いや、マジで』をつけたんだ、と名古屋シネマテークの舞台挨拶で監督は言っていた。『さよならだけが人生だ』という言葉をどこで手に入れたのかという質問には、この言葉が好きで『花に嵐の映画もあるさ』という著書まで出している川島雄三監督が好きでそこから知ったのだと言っていた。そのため井伏鱒二は後から知ったのだそうだ。

<追記2>
私が好きな寺山修司は『さよならだけが人生ならば』という詩で「さよならだけが人生ならば 人生なんかいりません」と言っている。以下にその詩を載せておく。

『さよならだけが人生ならば』

さよならだけが人生ならば また来る春は何だろう
はるかなはるかな地の果てに咲いている野の百合何だろう
さよならだけが人生ならば めぐり会う日は何だろう
やさしいやさしい夕焼と ふたりの愛は何だろう
さよならだけが人生ならば 建てた我が家なんだろう
さみしいさみしい平原に ともす灯りは何だろう
さよならだけが人生ならば 人生なんか いりません。

映画『ビーツ、ライムズ・アンド・ライフ ~ア・トライブ・コールド・クエストの旅』を観に名古屋シネマテークへ。

B系の格好をしたお客さんが目立つ。普段では見られない客層だ。
場内には座椅子が一列。両脇の通路にはパイプ椅子がセットされていた。
満席になった場内の雰囲気もいい感じ。

20時20分の一日一度の上映。レイトショー。
12月1日〜7日の一週間しか上映されない。

NYCとバスケットボールが好きな人にもお勧め。

atcq.jpeg




お盆休みが終わり、みんな日常の生活に戻られたようで。ご先祖様も日常生活へ戻られたのだろうか。そもそも、あの世が存在するのかどうかなんてことは、永遠の謎である。ただ、鈴木清順監督作品「ツィゴイネルワイゼン」を観れば、あの世とこの世を行きしている気分を味わえる。誰が死んでいて、誰が生きているのか。映画に登場する青地は困惑する。当然、観ている私も困惑する。

tui.jpeg
tui2.gif
名古屋シネマテークで「鈴木清順 浪漫三部作」を上映していた際に、支配人がなんとも信じ難いことを教えてくれた。「後半、あるシーンから映画の終わりまで小稲さんの足下が一切画面に映らない。天井を映すくらいの強引なカメラワークで不自然だが、足下を絶対に映していない」。信じられなかった私は、上映期間内に再度鑑賞しに行った。真偽のほどは、実際にその目でご確認あれ。

最後に私の心に残った台詞を紹介したい。中砂が妻を取り替えっこしようか?と、おどけた様子で親友である青地に提案する。青地は当然のごとく「気は確かか?」と問う。中砂は凄んで答える。

「狂ってるよ」

そして、こう続ける。

「今更それはないだろ。僕は生まれてからいっぺんだってまともだったことはありませんよ。君はそれを承知で付き合ってきたんだろうが!」

私はこの台詞が大好きだ。中砂という人物がまるっと入っているし、誰もがこの言葉を言ってしまいたくなるような場面に出くわした経験があるだろうと思うからだ。















お盆休みで街はにぎやか。
なにかそれっぽいことを!!と思い、
ミッドランドスクエアシネマで
「おおかみこどもの雨と雪」を見てきた。

シネコン系の映画をみることは、
私にとってはお盆休みっぽいこと。


<おおかみこどもの雨と雪>
ookami2.png
 

友達と語り合った感想は「よかったよね」の一言。
一言だけど2人の声は小さく震えていたんだよ。

母の強さと優しさにグッときながらも
子どもの成長に寂しさを感じ、
あぁ、僕も随分と大人になったのだな、
としみじみしながら親を想った。

そう言えば一週間ほど前
着信履歴に父の名前があったな。
その日の深夜にかけなおすとお母さんが出て、
もうお父さん寝ちゃったよー、と。
お盆帰ってくるのかどうか聞きたくてかけたんだよ、
ってさ。
お父さんお母さん、9月にはきっと帰るからね。

個人的に宮﨑あおいが声優をやった花の声が
ねっとり甘ったるくて好きになれなかった。
花の声を聞く度に宮﨑あおいの顔が脳裏に。。。
顔の知らない人が声優をしてくれた方が見やすい。

映画のエンディング曲がよかった。
高木正勝の音楽もよかった。

でもね「るるるの歌」もいいんだよ。
まだ見てない人は、
「るるるの歌」を聞いて
この映画への想いを募らせて欲しい。


<るるるの歌>


<おおかみこどもの雨と雪 ED曲>
 

musan1.jpeg
musan3.jpeg

mukidasi1.jpeg
mukidasi2.jpeg
韓国に脱北してきたおかっぱ頭のスンチョルは、その経歴のせいで差別されていた。ちゃんとした仕事にもつけず違法のポスター張りの仕事をしていた。不器用なためか貼ったはずのポスターが直ぐに剥がれてしまうことが続き社長からはクビだと言われるが、スンチョルは頑張ると言い通す。同じようにポスター張りを仕事とする男からは、おれの場所でポスター貼ってるんじゃねーっと、殴られ蹴られ、同居人に買ってもらったナイキのダウンをカッターで切られてしまう。こんな時でも、どんな時でもスンチョルは反抗したり殴り返したりしない。

教会には熱心に通うスンチョル。聖歌を歌う女性が気になるが、話しかけられるわけもなく横目でその姿を追いかけるだけ。ある時、彼女が働いている場所をみつけ、バイト募集のチラシを発見し、一緒に働き会話が出来るようになる。しかし、同じ教会に行っていることが知れると、ここで働いていることを人には言うな、教会では話しかけるなと、冷たい態度をとられ嫌われ、友達にすらなれない。道で拾った白い犬がスンチョルの唯一の友達だ。こんなスンチョルがあるひとつの行いで変わる。

罪の告白である。

スンチョルは自分が犯した罪を神の前で告白し、赦されたのだ。

私はこの映画をみて、園子温監督の「愛のむきだし」を思い出した。神父様を父に持つ高校生のユウは、毎晩ご飯を食べる前に今日犯した罪を懺悔するように言われる。しかし、悪いことをしていないため懺悔することができなく、いつも父に怒鳴られていた。そこで懺悔するために悪いことをしなければと思い立ち、盗撮を始める。そんなユウはマリア(聖母)様と結婚することを夢見ており、ある日、こいつだ!!と思う女性に出会う。ヨーコだ。しかしヨーコは怪しい新興宗教にのめり込んでいく。そんなヨーコを救出するために砂浜に捨てられていた廃バスの中に監禁をする。そこで説得を試みるも、一向にユウの気持ちは伝わらず挙げ句の果てに逃げられそうになり、砂浜で取っ組み合うもヨーコに馬乗りになられたユウはひとつの質問をされる。「お前はコリント書第13章を知っているか?」。このコリント書第13章の最後は、以下のように終わる。

引き続き残るのは、信仰、希望、愛、この3つ
このうちもっとも優れているのは、愛

孤独は私たち誰もが持っているはずだし、人(神)を信じて自分の罪を言葉にして聞いてもらい許(赦)してもらうことができれば、自分で自分を受け入れられるようになる気がする。ただ、犯した罪を告白するのは簡単ではない。だからこそ、何かを変えたい時、罪を告白することがその何かを変える手段になり得る!と私は思った。

もちろん愛のむきだしでは、もっとも優れているのは愛であっただろうと思うが、ムサン日記では、もっとも優れていたのは希望であったように思う。



<ムサン日記〜白い犬>

<愛のむきだし>





<コリント書第13章>



たとえ、人間の不思議な言葉、天使の不思議な言葉を話しても
愛がなければ、私は鳴るドラ、響くシンバル
たとえ、預言の賜があり、あらゆる神秘、あらゆる知識に通じていても、
愛がなければ、私は何者でもない
たとえ、全財産を貧しい人に分け与え、たとえ、賞賛を受けるため自分の身を引き渡しても、
愛がなければ私には何の益にもならない
愛は寛容なもの、慈悲深いものは愛。愛は妬まず高ぶらず誇らない
見苦しいふるまいをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人の悪事を数えたてない
愛は決して滅び去ることはない
預言の賜なら廃りもしよう、不思議な言葉ならやみもしよう、知識ならば無用となりもしよう
我々が知るのは一部分、また預言するのも一部分であるがゆえに、
完全なものが到来するときには部分的なものは廃れ去る
私は幼い子どもであった時、幼い子どものように語り、幼い子どものように考え、幼い子どものように思いを巡らした
ただ、一人前の者になったとき、幼い子どものことはやめにした
我々が今見ているのは、ぼんやりと鏡に映っているもの
その時に見るのは、顔と顔を合わせてのもの
私が今知っているのは一部分
その時には、自分がすでに完全に知られているように、私は完全に知るようになる
だから、引き続き残るのは、信仰、希望、愛、この3つ
このうちもっとも優れているのは、愛


beru.jpegのサムネール画像
ベルフラワーのチラシにはこうある。「もうダメだ、女は信じられない ― 。」裏面にはさらにもう一言。「焼き殺したいほど、愛していた。」と。

『映画の見方がわかる本―『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで』『〈映画の見方〉がわかる本80年代アメリカ映画カルトムービー篇 ブレードランナーの未来世紀』『トラウマ映画館』などの著書を出している映画評論家である町山智浩はこのようなコメントを寄せていた。「マッドマックス2の世界を待ち望んで戦闘マシーンを作る無職のボンクラ・・・・・・って他人事に思えん!切ない恋が暴走するバイオレンスなカオス!それを受け止める友情に泣け!」

いざみてみると、なんてことはない、なんてことはないなんてもんじゃない。カルト映画だよこれ。これはカルト映画だ。これをカルト映画と言うのだ。(佐藤匡将)

今までは、上記に挙げたような書籍をもってして既にカルト映画とある種、認定された作品をDVDを借りてきては鑑賞していた。ただ今回は違う。スクリーンでリアルタイムで上映されているカルト映画に出会ったのだ。

そもそもカルト映画とはどういう定義付けがなされているのか?カルト映画ってなに?ウィキペディアによるとこうだ。「ある種のジャンル・テーマ・モチーフ・演出方法等による分類方法ではなく、その作品が"特定の観客にどのように受け入れられているか"、という現象面によって分類されるべき映画である。当然、厳密な分類は期待できず、また、定義自体が変わらなくても時代や社会によって、その外延は変化する。 ある映画がカルト映画として成立していく条件は、特定の観客がその映画をどう受け止めるか、その映画に対しどのような関係を築いていくかに依っている(商業的な成績は関係ないが、一般に「狭く深い熱烈なファンをもつ作品」であることから、あまり成功してはいないことが多い)。」

つまり上映されたばかりのこの作品をカルト映画だと言ってしまうのは可笑しいことになるのだが、これはカルト映画に違いない!と私は思っている。観賞後の私といえば、呆れて愕然とし、真剣にこの映画を制作した方々に敬意を込めて拍手をしながらもくだらなさに戦慄した。そんな体験ができた。







beru.jpegのサムネール画像
ベルフラワーのチラシにはこうある。「もうダメだ、女は信じられない ― 。」裏面にはさらにもう一言。「焼き殺したいほど、愛していた。」と。

『映画の見方がわかる本―『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで』『〈映画の見方〉がわかる本80年代アメリカ映画カルトムービー篇 ブレードランナーの未来世紀』『トラウマ映画館』などの著書を出している映画評論家である町山智浩はこのようなコメントを寄せていた。「マッドマックス2の世界を待ち望んで戦闘マシーンを作る無職のボンクラ・・・・・・って他人事に思えん!切ない恋が暴走するバイオレンスなカオス!それを受け止める友情に泣け!」

いざみてみると、なんてことはない、なんてことはないなんてもんじゃない。カルト映画だよこれ。これはカルト映画だ。これをカルト映画と言うのだ。(佐藤匡将)

今までは、上記に挙げたような書籍をもってして既にカルト映画とある種、認定された作品をDVDを借りてきては鑑賞していた。ただ今回は違う。スクリーンでリアルタイムで上映されているカルト映画に出会ったのだ。

そもそもカルト映画とはどういう定義付けがなされているのか?カルト映画ってなに?ウィキペディアによるとこうだ。「ある種のジャンル・テーマ・モチーフ・演出方法等による分類方法ではなく、その作品が"特定の観客にどのように受け入れられているか"、という現象面によって分類されるべき映画である。当然、厳密な分類は期待できず、また、定義自体が変わらなくても時代や社会によって、その外延は変化する。 ある映画がカルト映画として成立していく条件は、特定の観客がその映画をどう受け止めるか、その映画に対しどのような関係を築いていくかに依っている(商業的な成績は関係ないが、一般に「狭く深い熱烈なファンをもつ作品」であることから、あまり成功してはいないことが多い)。」

つまり上映されたばかりのこの作品をカルト映画だと言ってしまうのは可笑しいことになるのだが、これはカルト映画に違いない!と私は思っている。観賞後の私といえば、呆れて愕然とし、真剣にこの映画を制作した方々に敬意を込めて拍手をしながらもくだらなさに戦慄した。そんな体験ができた。







名古屋シネマテークにて上映予定の気になる映画


☆『死刑弁護人』6月30日(土)〜7月20日(金)
一言メモ:社会から悪者扱いされている安田弁護士を映画(ドキュメンタリー)の編集は、悪者としてみせるのか正義としてみせるのか注目したい。
bengoninn.png

☆『木村栄文レトロスペクティブ』7月7日(土)〜7月13日(金)
一言メモ:木村栄文のことを知らないため、みる!
eibun.jpeg

☆『ムサン日記 ~白い犬』7月14日(土)〜7月27日(金)
一言メモ:これは必ずみる!
musan.jpeg

名古屋シネマテークにて上映予定の気になる映画


☆『ベルフラワー 』6月23日(土)〜6月29日(金)
一言メモ:『マッドマックス2』が好きならとりあえず鑑賞するべし
オフィシャルサイト

ベルフラワー.jpeg

☆『誰も知らない基地のこと』6月23日(土)〜7月6日(金)
一言メモ:米軍基地のある三沢市で育った私は、みておかなければならない。

誰も知らない基地のこと.png

☆『世界最古の洞窟壁画 35mm 忘れられた夢の記憶』
6月16日(土)〜6月29日(金)
一言メモ:ヴェルナー・ヘルツォーク監督のイメージは『小人の饗宴 』

世界最古の洞窟壁画 35mm 忘れられた夢の記憶.jpeg

1

Now Loading...