YU KAWAI
作灯
河合 悠(かわい ゆう)
蝋燭を作っています。

2014年5月アーカイブ

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草木が幹から色を滲み出すみたいに
久しぶりに筆を持ったら
色がどんどん出てくる、、

ああ、僕はこんなに色を閉じ込めていたのか!





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名古屋はシネマテークです。
無政府主義と言うと、ただの無法者と思うかもしれませんが
自分を核にして、正しいと思う道を歩くことは間違っていることなのでしょうか。






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名古屋の22(トゥエンティ トゥ)のイワタさんが
僕の蝋燭も持って行ってくれるみたいです。

素敵な集いですね。
お近くの方は幸せですね。






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コメの暦

冬至を境に太陽は勢いを増し、世界は活気を取りもどす。
この再生の季節を日本人は「フユ」(増ゆ)と呼び、それが張り切った状態を「ハル」(張る)と呼んだ。
「二十四節気」はこの太陽の巡りに呼応し、"立春"に続く、"雨水"(雪が雨に変わる)、"啓蟄"(土中の虫がはい出す)、"穀雨"(穀物を潤す雨)などは、まさに生命のシンフォニーの楽章といえる。

思えば、日本の稲作文化の象徴である伊勢神宮が、太陽信仰を想わせる「天照大神」を祀るのは実に象徴的だ。コメが稔るというのは、イネが光合成によって糖やデンプンに太陽エネルギーを蓄える営みなのだから。その伊勢神宮では、まさに冬至の朝日が内宮の入口 宇治橋の鳥居のちょうど中央に昇る。

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コメ展
行ってきました。


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ヴェニスで一枚の板と出会った。
ぼくたち日本館の陳列がまだ終わらないでいたときに、ぼくはイギリス館を見に行った。
もう完全に終わっていた。作家はひとり、トニー クラッグ。
その作品の質の高さと見せ方のうまさに、ぼくは興奮と大きな大きな差を感じながら日本館にもどって来た。「どうしよう。作ったものをただ置くだけではだめだ....」と、打ちのめされたようになっていた。しばらくは、セッティングにもカビたところを直すのにも気がのらないでいたように憶えている。
そんなとき、いつも昇り降りしている日本館入口の階段のわきに打ち捨てられていた一枚の板の存在が見えて来て、ぼくの気にとまりはじめた。
はじめは何にもつながらず、ただぼくの視界の中でその存在を主張しはじめただけだった。そしてそれに気づいてから、「何かに使えるかもしれない」とぼくは思った。何度目かにその板を見たとき、ぼくはそれをとりあえず館の中に運び入れた。二メートル程の長さ、四十センチ程の幅のうすよごれた板に落葉などがついていた。その板をぼくの陳列区域に置いた。以前、古材で作ったテーブルの上に作品を三点置いたことがある。床に置いたその板の上に白いシャツの男の像を乗せてみた。その作品のもつ空間が少し変わったように思った。
「何か起こるかもしれない」
七点の作品はだいたい決まっていた場所ですでに台座に乗っている。そして確実に何かもの足りなかった。ぼくはその板を白いシャツの男の像の台に乗せた。そして何かを期待しながら、男の像をその板の上に置いた。そうしておいて、そこを見ないようにしながら後ろへ下がった。そして目を上げた。
そこにはさっきまでとはまったく異なった空間があった。ほぼ中央の板に乗った作品が核になったように七つの作品がひとつに結ばれていた。
ぼくは「決まったな」と思った。

その日の日記にぼくはこう書いている...。
「ベニスの板 板がぼくを呼んだ。
大黒君にも声をかけていたらしが、板は最後にぼくを選んだ。
ぼくが板を発見したといったほうが本当に正確なのかどうか言えなくなった。
いま、思い出してみて、ぼくに見える入口のわきに横たわった板は確かに明るく浮き上がって見える。そういうとき、そのものは本当に光を発していた、と言ってもいいのかもしれないと思う。ただ、その光なり、呼びかけなりを聞きとるためには、ある状況の準備がなされていなければならないのかもしれない。」

何か神秘的な経験をしたような感覚がある。
トニー クラッグに感謝し、そしてよく耳をすました自分を少しほめてやりたい。
七つの作品と一緒にあの板も日本に来られるといい。


言葉の降る森 / ヴェニスで一枚の板と出会った - 舟越 桂

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十日ほど家を離れて、東京から静岡経由で帰ってきました。
久しぶりに海に出て、陽光を浴びて黒くなった肌のせいで、枯れた板の白さが一段と光って見える。たしかに、制作をしているとき、ほんの一瞬何かが光って合図を送ってくるようなときがある。その瞬間を手探りしながら、こねくりまわす作業を制作といってもいいのかもしれない。
ここで舟越さんが言うある状況の準備とは、感覚を澄まして自分を正しい道へ送り出してやることではないだろうか。
暮らしや営みによって表れてくるものが、結果として作品になっているという状態が今のぼくの理想かもしれない。
そのために仕事も旅も、食べるものも、人と繋がっていくことも、ぼくには「ある状況の準備」をしていると言える。





 

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あすから東京へ
harukaくんのソノリウム最後のピアノアンサンブルを聴きに行ってきます。
ミナを着て行くわけではありませんが、
旅に出たくなるような、色が詰まった心地いい本でした。
僕が女子だったら、ミナのワンピースを着て出掛けたい季節ですね。





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みずたまをぐるぐる
次の遊び。



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篠山

なんとも素敵な演奏会でした。
気づいたら、こんな写真しか撮っていませんでした。
(演奏中の正勝さんの衣裳替え)

素敵な出逢いを下さった、前中さんを初め、
みきさん、千春さん有り難うございました!

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引き続き、篠山colissimoにて、"exhibition thu ki wa wa" 開催中です。
今展示に合わせて作ったろうそくも販売しています。
篠山、光と色に溢れた本当に素敵な場所でした。
是非行ってみてください。



 






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