YU KAWAI
作灯
河合 悠(かわい ゆう)
蝋燭を作っています。

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雨のもよう今年も参加します。
硝子作家の金子朋恵さんとの共作の灯の受け皿や
涼感のある蝋燭を作ります。

参加者
奥山銘木店 / 本
Kikusa / 植物
ギガタカコ / 彫刻
佐野洋平 / 絵
山本裕也 / 料理
AUGUSTE - PRESENTATION / レインコート
河合 悠 / 蝋燭

seedbed gallery 
2016 . 6.18(sat) - 7.18(mon)
open 11:30 - 16:30 / 18:00 - 22:00 
毎週火曜日,第2.4水曜日 定休

ADD / 三重県松坂市嬉野下庄町1688-5 レストランカルティベイト2F
TEL / 0598-31-2088
http://www.cultivate.jp/



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BLACKBOOTSに頭蓋骨を納める。
造形師と共に、水ゴムの型から作ったBLACKBOOTSとの共作。
型代だけでもかなり掛かったが、かれこれ数百個は作っている。
作り始めたのは6,7年前。もうそろそろ元は取れただろう。そしてこのスカルの蝋燭は意外な人が所有していたりするから面白い。




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昨日の投稿についての補足。


清いという状態を人間の尺度に求めると、我の無い純粋な人にのみ当てはめられるけど、もっと大きく視点を拡げれば、例えば宇宙からとか、地球を俯瞰して見る視点にすれば、人間活動の破壊も再生も実は無垢な活動なんじゃないかと思う。
それで滅んでも人間の行いの集積だろう。障害の人が積み重ねる活動の集積に無垢な美を見るなら人間活動の集積にも同じように無垢な美を見出せるんじゃないか。障害を持ってる人の活動は、人間活動の集約なだけにも思う。


つまり生活費を稼ぐことや、他者に認められたいということが不純で、そういった人間活動のしがらみから抜け出たものが純粋だということではなくて、無数のしがらみを引受けて、なお純粋でいたいと願う状態がすでに純粋で無垢な状態なんではないかということを伝えたかった。結局のところ健常者も障碍者も人間であることには変わりなく、優れたアーティストだろうが、障碍者だろうが、その人たちを神様のように扱うところから、人間を比べることが始まる。そこからは堂々巡り。その堂々巡りから抜け出すことに意味があるんじゃないだろうか。




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松本のLABORATORIOさんで開催中の「工房しょうぶクラフト展」
へ行って来た。初日のその日は22のイワタトシ子さんが監修した『so:but[and]=1.2.3.4ーあらかじめ、情動の.』の上映と、施設長の福森伸さんとイワタトシ子さんのトークが行われた。
『so:but[and]=1.2.3.4ーあらかじめ、情動の.』の方は、機会があったら是非観て頂きたい。特にものづくりを生業としている人、表現活動を行っている人に。健常者とか障碍者とか、その線引き自体がとても貧弱な発想で、自分は健常者である!と自身を持って言えるのか?と考えることができた。むしろ今の世の中、ほんとうに健常な人なんているのか?まともだと思っている人ほどゆがんでいたりする。

僕が面白いと思ったのは、アフタートークでの福森さんが語って下さったエピソードだった。それは、障害を持っている人にノミと木を渡して、ボール(お皿)を彫る作業をしてもらったところ、その人は渡された木を全部削ってしまって、後に残ったのは削りカスだけ。その人にとって、お皿を作るということには一切の興味が無く、ただ木を削ることにのみ没入していたのだった。その後もその人はお皿を作ることはなく、ひたすら木を削るのみ。彼らにとっては作品を作ることではなく、ただその行為にのみ興味があり、没入することが出来る人が多いとお話して下さった。僕らはほとんどの人が終着点をイメージして手を動かし始める。イメージに近づけるために頭を使い、作業する。彼らにとっては結果にはほとんど関心がなく、実際作業の集積によって出来上がったものを自分で確認することも、評価を求めることもないということだった。僕にとってそれは目からウロコのお話だった。きっとほとんどのモノづくりの人たちの理想は、結果から導かれる他人の評価主体のモノづくりではなく、衝動から導かれる自己完結のモノづくりなんではないだろうか。少なくても僕はそうでありたいと思っているのだけれど。とてもとても難しい。しょうぶ学園がされている活動にはその辺りのヒントが隠れているような気がした。

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