"文字校正"中の大野です。
もはやどれが本業なんだかわからないくらい、色々やってます。
女優で超有名でないうちは、全部本業ですよ。
ああ。
定職ってなに?......そんな感じです。
さて。
毎月の仕事として、某雑誌を1冊丸々"文字校正"してるんですけど。
これがね。
どこまで校正していいのか、わからなくなるときがあるのですよ。
ワタシが文字校正をしている雑誌はコラムばかりなので、
その人の"ハナシ言葉"で書かれることが多いのです。
いわゆるブログに書いている、こういう日記がそのまま本に...みたいな。
コラムというのは、内容はもちろんのこと、
それぞれ個人のキャラクターが面白いわけじゃないですか。
なので、
1、〜っていうか
2、〜ってゆーか
3、〜というか
4、〜というよりも
これら全部アリなわけですよ。
個人のキャラクターありきと考えた場合。
でも文章としては1と2はダメなんですね。
ハナシ言葉なので。
ああ、3もギリギリかあ...
※雑誌の編集やライターをされている方はお分かりかと思います
「てにをは」が使えない人も増えてきていますが、
文章として訂正が多いのは、「い」抜き言葉、「ら」抜き言葉、「ん」変換。
〜してます は、 〜しています
食べれる は、 食べられる
〜なんです は、 〜なのです
ハナシ言葉と書き言葉は、やっぱり違うんですよね。
ワタシのブログの中ではこれらが大量にあります。>チェックしてみてください
とはいえ、日本語の美しさとしては、正しくありたいもの。
正しい言葉使いを知っている上で、ハナシ言葉で書いている人
え?これって間違ってるの??と知らずに書いている人
できれば、
日本人である以上、国語を習ってきた以上、前者でありたいじゃないですか。
ブログはあくまでも日記だから、ハナシ言葉で問題ないと思います。
だって日記って、個人のものなので、そもそも自己満足じゃないですか。
でも雑誌は、お金を出して買う人がいるわけです。
そういう意味では、視聴者や読者を意識して、読みモノとして、
美しい日本語であってほしいなあと常に願ってしまうのです。
年々、造語が産まれています。
それは文化としてとてもいいことだと思います。
ただ、全ての言葉に意味があることを忘れないで欲しいんです。
「心」+「口」=「言」なんです。
心の中で思っていることを口にするから「言」う、なんです。
「言霊」とかっていうじゃないですか。
言葉には魂が宿ってるんで、言葉にするときは考えて口に出したいです。
...とはいえ、思ったままを口に出しちゃうこともたくさんありますけどwwwwwwwww
いや、でも心にもないことを口にしてるわけじゃないから...
はっΣ(゚Д゚|||)だから問題なのか!!!
そういう時は、ちゃんと伝わるまで話す!!p( ̄へ ̄o)(o ̄へ ̄)q
誤解をうんでしまっては意味がないし。
大切なことは、直接、面と向かって話したいです。
表情で伝わることもありますしね。
本当か、嘘か。
伝わっているのか、伝わっていないのか。
手紙も好きです。
ちゃんと手書きで。心をこめて。
筆跡って顔(表情)に似ていると思います。
そんなわけで、メールが実は一番嫌いなんです。
ブログやメールは上手く伝わらないことがたくさんあるし。
そのくせ、誤解されたまま大々的に広まって、心に大きな傷を負わせたりもする。
そんなもののくせに、ブログ時代ですから、文章も十分個性として尊重されるわけです。
良くも悪くも面白い世の中になってきました。
少なくともワタシは、言葉を大切にブログを書いていきたいと思います。

















おう~
マジョゎしっかりした日本語を忘れてしまった代表ですが
ゆかりさんの
ブログや考え方
あたしゎ素敵だなぁー思いましたよ♪
それにしてもブログゎ全体公開だから
いろいろなとられ方といいますか
とらわれ方しますよね・・・
僕ゎ誤解されまくりだと思いますが
頑張って乗り越えてます(笑)
昔ゎよくたたかれたものです はははははは
わたしくも上手な日本語を使えない
司会者であり、ラジオのパーソナリティでありライターですW
私の場合ワードの文字校正機能をつかっているのでパソコン君が勝手になおしてくれます。
だから脳が退化するんだよね。
こまったな。
〜してます は、 〜しています
食べれる は、 食べられる
〜なんです は、 〜なのです
これは毎度なおされています。
でも喋り言葉で書いているコラムがあるのですが、
それは許してくださいね。ゆかりさま。
>まじょサマ
知っているけど使えない、と、知らなくて使っている、のは、
全然わけが違うと思うのですよー。
ホント、日記というものは自由に書いていいハズなんですが、
ブログの場合、いかんせん、ネットで、全世界から見ることができてしまうという場所なので、そこら辺は考えて掲載しなきゃいけないところですよね。
難しい限りです。
>HITOMI姉サマ
ひとみ姉サマは、そういうキャラなのでアリ!って感じがしますー。
きっと、連載を頼んだ方も、そのキャラを出して欲しくて、
喋り言葉でのコラム連載をお願いしているんだと思いますよぅ!!(^▽^)/
ただ…
雰囲気(ふんいき)を「ふいんき」とか、
既出(きしゅつ)を「がいしゅつ」とか、、、
そういう、読み間違いや書き間違いは見苦しいので訂正必須!と思います…
だってそれは間違いだもの…
おおのゆかりさま!:
> そういう、読み間違いや書き間違いは見苦しいので訂正必須!と思います…
> だってそれは間違いだもの…
ああ、いいペヂーがありますぜ?<誰キャラ?
こりゃあ、校正が難儀なはずだよな!と僕は思わされました。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0905/08/news021.html
しかし、言葉というものはどんどん変化するのが自然ですぞ。
例えば、「ら」抜き言葉。
「見られる」には「尊敬」「受け身」「可能」など様々な意味がありますが、
「見れる」には「可能」の意味しか無い。
そこで、すでに言語学者によっては「尊敬」や「受け身」の意味を除いた
「可能」に特化した表現として「ら」抜き言葉の市民権を認めています。
それに、長野県では「ら」抜きの方が伝統的に普通なんだそうで、
「間違い」とするのは、言葉の多様性を否定してしまうことに繋がりかねません。
そもそも、文法というものは、人々の話し言葉や書き言葉を観察して、
そこから抽出したルールを抜き出したものであり、
文法が先にあって人々の言葉が生まれるわけではありません。
その順序が大事なんであって、つまり、新しい言葉の用法が出て来たら、
文法の方を更新していかねばならないと思います。
マジなレスですんません(笑)。
>をかべまさゆきサマ
驚きましたー!!!
間違っているけど、確かに読める!!!
最初と最後が合っていれば読んでしまうだなんて…人間の認識って恐いですね。
そもそも頭に単語がインプットされてしまっているから、読んじゃうんですね。きっと。
うわああ。気をつけないと。。。
>そうだかずひろサマ
いえいえ!マジレス感謝です〜!
とても勉強になりますし、ワタシも再び考えることができます!感謝です!!
ワタシも、言葉は時代の移り変わりと共に、変化して行くものだとは思っています。
日本語はそもそもひとつの単語で色々な意味合いが取れるものでしたが、
昨今、ひとつの意味を持つ単語となるものもたくさん出てきています。
そうだサマがおっしゃる、
>「見られる」には「尊敬」「受け身」「可能」など様々な意味がありますが、
>「見れる」には「可能」の意味しか無い。
これとか。
確かにそれは間違いない…と頭では理解しているのですが、
ただ、ちょっと寂しいなとも思うのです。
「見られる」が尊敬なのか、受け身なのか、可能なのか、
“相手がどういう意味で「見られる」を使ったのかを汲んで読む”
ということが大事だったはずなのに、それをなくしてしまうのは、少し寂しいのです。
そういう日本人の細やかな感性が、とても趣があって素敵だなと思っていたのに。
もちろん、分かりやすいというのは大事なんですけどね。
一目瞭然なものがあれば、とても伝わりやすいのは間違いないんですけど。
日本人独特の細やかな感性も、ある意味、日本の伝統文化なので。
伝統芸能、文化がなくなっていくのは本当に寂しいです。
無くなる代わりに新しいものが生まれているのも分かっているのですが、
やっぱり残念でならないのです。
おおのゆかりサマ!:
> 間違っているけど、確かに読める!!!
> 最初と最後が合っていれば読んでしまうだなんて…人間の認識って恐いですね。
> そもそも頭に単語がインプットされてしまっているから、読んじゃうんですね。きっと。
これをCBCの人に見せたら、「意味で捉えちゃうから読める訳で、字面を正確に
トレースする、意味を先取りしないで読むよう氣をつけていれば読めない」と
まともな解析をされました。
校正をする際には「予断を許さない」のが大切なんだにゃー、と思いますことです!
「これ、知ってる」と思った時点で書かれているとおりには読まなくなるのでしょうねー。
…まぢレスシリィズ、でしょうか…(ふるふる…)。
>をかべまさゆきサマ
そりゃ…確かに……ね?
字面を正確に追ったら読めないですよね。
そのくらい誰だって思ってるやい。
もー。
そこを「うをう!ホントだ!!すげー!」とノるのも一興なのにぃ!!!
実は、雑誌社によって、表記一覧みたいなのがあるんですよ。
例えば、「かえる」とか「あらわす」など紛らわしいものは感じにしないとか。
各社によって、そういう決まりがあったりします。
確かにそういうのがあると校正しやすいんですけどね。
社の表記ルール。
そもそも「普通」とか「絶対」ってのは言葉にはないですから。
おおのゆかりサマ!:
> そもそも「普通」とか「絶対」ってのは言葉にはないですから。
僕の大学時代の(漫研の)先輩で、小説家をしている森博嗣さんとゆー方は
「自分独特の表記法」ってのを明文化して持っていた、ことがあると聞きました。
編集者にも、小説の表記にルールなんてない、と教わったとも言っていました。
ミステリィ作家なので、表記の変化はトリックか?と捉えられかねないから
徹底的に(自分ルール内で)統一して書いている、そうですが。
あっちで漢字だったのがこっちではひらがなだったりすると
校正から、どうしますかと問われるそうですね。
パソコのワープヨソフトで打ってるんだったら、「変換を憶えさせる」って方法で
自分内での統一は、昔のライタさんよりかは容易そうですよね。
>をかべまさゆきサマ
小説は、もう、作者の自分ルールですよねwww
>編集者にも、小説の表記にルールなんてない、と教わったとも言っていました。
小説や漫画には、表記のルールはないと思います。
意図としてやるときもあるし。
情報誌や専門誌に限るんではないですかね。>統一表記
>ミステリィ作家なので、表記の変化はトリックか?と捉えられかねないから
>徹底的に(自分ルール内で)統一して書いている、そうですが。
まさに。
表記の変化は意図としてやっているものと読者は思ってしまいますからね。
ワタシも小説大好きなのでよく読みますが、美しい文面は読んでいて気持ちがいいです。
樋口一葉さんの文字列は最高に好きです。
あと我らが京極夏彦さん。尊敬です。